DATE 2009. 3.13 NO .
その姿を目にした瞬間、フリオニールは身体の奥底から湧きあがる衝動のままに地を蹴っていた。
「何故だ…っ!!」
「――あぁ、君か」
ぎいん、と金属音。
小さな舌打ちは呑み込み、若干呑気な色を帯びた相手の声を酷く浮かせる。
フリオニールの叫びに眉一つ動かさず、ゆるりと振り返ってからの彼の動きは、どこまでも無駄がなくて。
「何故だ、と問われてもな。目の前の真実のままとしか、私には言いようがない」
目の前の彼の余裕に満ちた様は、ただただ、フリオニールを苛立たせた。
何故ここまで彼は完璧なのだろう、と。
「あなたは常にコスモスを信じて、光と共に歩き続けていたではないか! それなのに…どうして……」
「――どうして?」
彼は子供に先を促すような調子で、そう繰り返した。
「……っ!」
かつてとは違う形で示される、距離。
それは期せずして、フリオニールの背中を強く押した。
「あなたのいるべき場所が、そちら側であるはずがない!」
いつの日か、きっと。
落ち込む仲間達を、そう言って励ました。
信じて、待った。
……だが、結果はどうだ?
「この戦いを終わらせるためには、あなたの力が必要だ! 目を覚ませ、光の戦士!!」
「誰の事だ、それは」
信じる事すら、許されないのだろうか?
仲間に帰って来て欲しいと願う事は、過ぎた望みなのだろうか?
「私は――闇の戦士だ」
大いなる意志とやらの暴虐に抗う事は、無意味なのだろうか…?
「…っ、違う!!」
渾身の力を込めて、剣を振り抜く。
いっそ優雅と形容した方がいい動きで、彼は後ろに飛び退り距離を開けようとした。
間髪入れずフリオニールは手持ちのナイフに電撃を這わせ、投げる。
「あなたは光の戦士だ! 闇などに染まるわけがない!!」
その言葉に。
「闇、などに…?」
彼の唇が三日月に歪んだ。
紅など差していようはずもない、だが禍々しい色がフリオニールの視界に焼きつく。
そんな感覚を振り払おうと、フリオニールは雷の魔力のイメージをさらに強く、強く描き出す。
ナイフが彼を捉えた。
「そうだ、あなたは皆の…光だ!!」
彼が事ある毎に口にした「光」という言葉。
それが今彼に光そのものをもたらす事を願い、フリオニールは力強く繰り返す。
彼は薄く、笑ったまま。
フリオニールは、電撃のベクトルを反転させる。
力づくでも連れて帰る。
その決意を胸に、フリオニールは振りかぶる拳に力を込めた。
「コスモスだって――」
あの神の嘆きは、姿を見ずともわかる。
そして、彼ほどコスモスの力を享けるに相応しい者はいない。
「待って……っ!?」
しかし言い終わる前に、フリオニールの身体は大きく傾いだ。
引き寄せるのに必要な力が唐突に激減した事による、バランスの崩れだった。動きが不自由な状態で自ら突っ込んでくる相手の反応に、フリオニールは一拍出遅れた。
「そうだな」
短いチャンスを、フリオニールは完全に逃す。
「コスモスも、君が少しでも早くカオスの駒を消すのを待ち望んでいる事だろう」
体勢を整えたフリオニールの眼前には、もはやただの刃物でしかない先程のナイフが突きつけられている。
だがそれは、柄だ。
「私を殺しに来たのだろう?」
「違うっ!!」
フリオニールはナイフを取り返すと、出せる限りの声で彼の言葉を否定した。
「俺はあなたを取り返しに来たんだ! 闇の傍になど、いるべきではない!!」
彼の笑みが、深まった。
「君は先程から否定してばかりだ。闇は……悪か?」
「そうだ。闇に属する者は、いつの世も弱い者を苦しめる。闇を征したと思い込み、その実、闇に溺れている事に気づいていない!」
彼は真剣に考え込んでいるかのように、口元に手をやり、目を伏せた。
「闇に溺れる、か。ではさしずめ君は、暗い淵から引き上げようとしてくれる『仲間』という事だな」
仲間。
その言葉を彼から引き出せた事に、フリオニールはほんの少し安堵する。
だが伏し目がちながらも自分を見据える鋭い眼差しに気づき、
「その悪である闇と、善である光の双方を内包する『仲間』の事は、どうでもいいのか?」
継がれた言葉に、思考が止まりかける。
「セシルは違う! あなたと同じ、光の下に在る男だ!」
「けれど闇にも近い。闇は……悪なのだったな?」
セシルは悪か?
そんな事、想像した事すらない。
「君は恐らく、光と闇は相容れない存在だと思っているのだろう?」
そして彼がこの問答に何を求めているのかも、わからない。
「だがそもそも、光と闇とは何だ? 闇を照らす事で、光を閉ざす事で、初めてそれらは認識されうるのではないか?」
「その源は同じもの、ふたつでひとつの存在意義を得るものでは? 誰が闇を悪と決めたのだろうか?」
「誰しも光と闇のふたつの姿をもち、二面性を内包し、両立させる――そう考えると、かの騎士は、人たるものの究極の姿を得た存在なのかもしれないな」
どこか陶酔した様を滲ませながら、彼は滔々と語る。
「君は光の者として、私に相対しているのだろう?」
「なぁ、答えをくれないか?」
「光と闇の、或いは、秩序と混沌の――真実を。ふたつを認めて初めて成り立つ概念だというのに、何故両者は争い続けるのだろうか?」
「この神々の戦いを終わらせると叫ぶ君を支えるものを、是非とも教えて欲しい」
「その答えはきっと、私の抱える問いにも通ずるものがあると思うのだ」
突然、彼は一体誰に問い掛けているんだ、とフリオニールは感じた。
この戦いを終わらせる。
その声がもっとも強く確かなものに支えられていたのは、自分よりも寧ろ彼ではなかったか、と。
「それはあなた自身に問い掛けるべき事じゃないのか?」
「何…だと……?」
「俺にはこの戦い以外のものへの想いがある。だから、迷う事も多い」
フリオニールの言葉に、初めて、彼は瞳を揺らがせる。
「けれどあなたは、迷う事などないと言った。言い切った。迷うとすれば、この戦いを終わらせ、自身が何者なのかという問いに直面する時だと、そう言った!」
そんな彼の姿は、背中を追い続けて来たと思っているフリオニールにとって、ありえない事だ。
それはようやく彼の見せた、人の子らしさかもしれない。
彼が何らかのきっかけで闇に触れた、それが始まりなのかもしれない。
けれど、あちら側に放っておくわけにはいかない。
フリオニールにとって今確かな事は、その一点だ。
光の下、秩序の神の許へ。
光と闇がどう在ろうとも、光の下にいた「彼」を取り戻すべきなのだ、と。
それは闇に浴してもなお揺るぎなく振る舞っていた彼に断言出来る、ただ、ひとつの。
「私自身が答えをもっている、と。君は、そう言うのだな……真実を知るのは己のみ……ははっ……思いもよらぬ答えだ……」
彼は、初めて剣に手を掛けた。
「再びこの戦いのどちらかに降り立つ時、私はこの身でもって答えを得るのか否か――私を殺して証明してみせろ、フリオニール! 大いなるものの真実が、人の傍に在るはずがない。私の闇がうつろう事はないぞ!!」
フリオニールも、いつでも迎え撃てるよう構え直す。
「結局どっちなんだ……光と闇の両方を認めながら、闇の名に縋っているようにも見える……だがな――」
一筋縄でいかない事は、さすがにわかっていた。
戦わなければ、救えない。
そうどこかで理解している自分も自覚してはいたものの、初めから奪う事しか考えていない者に、他者を救うなどという事が成し遂げられるはずがない。
綺麗事だ、と。
嗤う者がいようとも。
「――ちゃんと覚えておけ、俺はあんたを殺しに来たわけじゃないと言っただろうが!!!」
≪あとがき≫
三個目、ウォーリアオブライト。「1」周年記念。
一周年祝いが危うく死にネタになりそうだったのを、全力で回避した一品。そして娯楽性が、これでもかというくらい足りないorz
不動の彼ですが、一度崩れると弱そうという個人的印象から――って、だからどうすればこんな事になると\(^O^)/
……「自分」が何者なのかわからないって、結構怖い事だとは思うんですが。
「光と闇」の辺りは、3とディシディアのあれから。けれど2が見え隠れしている感じを目指…し、た…!
何故フリオニールなのかというと、どっかの誰かさんが「のばらはWOLの側近」とか言ったからです。
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